サガン鳥栖の歴史を想い...ドリームスに貢献できること。

2006年12月28日 23:42
かつてのサガン鳥栖はチームとしては正直言ってJリーグの中では最下層。サガン鳥栖に行くくらいならばJFLに行くと言った選手がいたとかいないとかのような状態でした。

当然、新人選手が入ってくる話などはなく、補強の話もままならず、監督人事ですらスムーズに決まらずに、チーム作りは毎年のように他チームに遅れる。

毎年、毎年、経営問題でごたごたし、挙句の果てにはメインスポンサーに撤退され、そしてその後のスポンサーは決まらず。

社長も毎年交代するだのしないだの揉めている状態。前年まで監督をしていた方や選手として活躍していた方が次の年に社長になるという話まで。

サポーターも何とかしようと自らの私財を投げ打って株を購入したり、一口スポンサーになってチームを支援したり。

言うなれば、プロスポーツ球団として機能しているとはお世辞にもいい難い状態。サガン鳥栖というチームが来年はあるのかないのかですら分からない状態が続いていました。

しかし、そんな環境でも選手たちは頑張ってくれました。他チームは、特にJ1昇格を目指しているチームは外国人選手がいるからか、見ていて体格のよい選手たちが多かったです。それに対してサガン鳥栖の選手は小柄な選手が多く、まるで大人に立ち向かう子供のようでした。

もちろん、こんな状態だったので負けた試合の方が多かったです。それでも、選手たちは一生懸命走り、ボールを追いかけ、必死で守り、カウンター一辺倒のサッカーになりがちでしたが数少ないチャンスを生かそうと前を向いて進んでいきました。

観客は少なく、一人のおじさんの野次がバックスタンド中の笑いを誘うような鳥栖スタジアムは彼らのプレーに沸き返りました。

小さな選手が大きな選手にヘディングで競り勝つ。センターライン付近で相手をドリブルで交わしサイドを駆け上がる。決定的ピンチでも果敢な飛び出しでゴールを防ぐ。大きなサイドチェンジを決める。ボールが取れないのにプレスで走り回る。

それは普通のチームからすれば何の変哲もないようなプレー、いや、それどころか機能していないサッカーとして見下されていたのかもしれません。だけど、そのプレイを見ることがスタジアムに来ているみんなの生きがいでした。

鳥栖にいた選手たち彼らが何のために頑張っていたかは分かりません。活躍してもっと上のレベルのチームに行く為かもしれない。単純にサッカーが好きだったからかもしれない。ファンやサポータの為に戦ってくれたのかもしれない。

ただ、どれだけ負けていても試合終了のホイッスルがなるまでは諦める選手はいなかったように思えます。

その頃から比べるとチームには経営面、指導面、育成面、それぞれにしっかりとした柱ができました。かつては持つことができなかった『構想』や『計画』という言葉がチームを語るときに踊りだすようになりました。

チームの存続を気にすることもなくなりましたし、監督交代もサガン鳥栖史上最高にスムーズに果たしました。活躍した選手たちの契約動向が気になるくらいですし、どれだけ有望な新人が入ってくるかといった期待もあります。

わずか2~3年でチームを取り巻く状況が大きく変化しました。それと同時に自分たちが助けている、自分たちが支えているチームという思いが少しずつなくなってきたのかなとは思います。

あまりに変化が大きすぎて今の経営状況がプロチームとして当たり前の形態なのか、それとも恵まれすぎている環境なのか、その判断さえもつかないような状況です。サポーターズミーティングに参加すると特にそう感じます。

ただ、言えることはサガンドリームスのおかげで鳥栖にプロサッカーチームが存在している。

そして、サガンドリームスのおかげでサガン鳥栖が地域の中での大きな役割を果たそうとしている。

自分たちがサガンドリームスにどれだけ協力できるかは分かりません。

でもひとつだけできることと言えば、自分が好きなサッカーを鳥栖スタジアムに見に行く事がドリームスへの最大の貢献かなと。

来年もまた、チームが苦しかったときと変わらずに鳥栖スタジアムに通いたいと思います。

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