現セレッソ大阪監督、小林伸ニさん
2005年10月 7日 15:51
サンフレッチェ広島ユース初代キャプテン、川崎さんのお話の続きです。
サンフレッチェ広島ユースの初年度監督は小林伸二さん(現セレッソ大阪監督)でした。
川崎さんが小林さんについて尊敬しているところは、ひとつひとつのプレーについて細やかな説明をされる所だそうです。選手が分からなくて小林さんに尋ねに行ったらたとえどれだけ時間がかかって遅くなったとしても分かりやすく、丁寧に、そして理解するまで説明してくれていたらしいです。とてもためになったとおっしゃってました。
小林さんは守備組織を大事にして練習も守備について言われることが多かったらしいのですが、その中でも印象的だったとおっしゃったのがスライディングについてだったらしいです。スライディングをするということは、自分の体勢を大きく崩すことになります。倒れてしまうわけだから次の行動に対して一歩も二歩も遅れてしまいます。小林さんはスライディングはいわゆる守備の放棄とおっしゃってたらしいです。見かけ上はハードに行ったように見えたり、体を投げ出して頑張ってますよという感じですが、「これが終わったら私は何もしませんよ。抜かれたならばもう抵抗しませんよ」というのがスライディングと指導されていたみたいです。だからスライディングはやむをえない場合の最終手段だから基本的には使用するなと。
いつの日か、Jリーグのオールスターの前座で高校選抜VSユース選抜の試合があったそうです。川崎さんは国見高校の誘いを蹴って広島ユースに入ったので、当時の高校選抜の監督をされていた小嶺監督に非常に会いづらかったらしいです。しかし、ご挨拶に行ったときに
小嶺「川崎君は広島に行ったんだったよな。小林のところか。小林ならば大丈夫だから彼についていきなさい。がんばって。」
とおっしゃったとの事です。
小林さんは小嶺さんが島原商業高等学校の監督をされていたときに選手でした。小嶺さんも小林さんの指導力には太鼓判を押してあったみたいです。川崎さんも小林さんと当時コーチ兼スカウトだった中村さん(現アビスパ福岡強化部長)の指導はすごくためになったとおっしゃってます。
小林さんはセレッソの監督として昨年はセレッソの守備組織を立て直してJ1に残留させ、そして今年はここまで3位と飛躍的な成長をみせております。もちろん外国人選手が当たりという事もありますが小林さんの守備を大事にする指導が大きく桜の花を咲かせているのでしょうね。
サンフレッチェ広島ユースの初年度監督は小林伸二さん(現セレッソ大阪監督)でした。
川崎さんが小林さんについて尊敬しているところは、ひとつひとつのプレーについて細やかな説明をされる所だそうです。選手が分からなくて小林さんに尋ねに行ったらたとえどれだけ時間がかかって遅くなったとしても分かりやすく、丁寧に、そして理解するまで説明してくれていたらしいです。とてもためになったとおっしゃってました。
小林さんは守備組織を大事にして練習も守備について言われることが多かったらしいのですが、その中でも印象的だったとおっしゃったのがスライディングについてだったらしいです。スライディングをするということは、自分の体勢を大きく崩すことになります。倒れてしまうわけだから次の行動に対して一歩も二歩も遅れてしまいます。小林さんはスライディングはいわゆる守備の放棄とおっしゃってたらしいです。見かけ上はハードに行ったように見えたり、体を投げ出して頑張ってますよという感じですが、「これが終わったら私は何もしませんよ。抜かれたならばもう抵抗しませんよ」というのがスライディングと指導されていたみたいです。だからスライディングはやむをえない場合の最終手段だから基本的には使用するなと。
いつの日か、Jリーグのオールスターの前座で高校選抜VSユース選抜の試合があったそうです。川崎さんは国見高校の誘いを蹴って広島ユースに入ったので、当時の高校選抜の監督をされていた小嶺監督に非常に会いづらかったらしいです。しかし、ご挨拶に行ったときに
小嶺「川崎君は広島に行ったんだったよな。小林のところか。小林ならば大丈夫だから彼についていきなさい。がんばって。」
とおっしゃったとの事です。
小林さんは小嶺さんが島原商業高等学校の監督をされていたときに選手でした。小嶺さんも小林さんの指導力には太鼓判を押してあったみたいです。川崎さんも小林さんと当時コーチ兼スカウトだった中村さん(現アビスパ福岡強化部長)の指導はすごくためになったとおっしゃってます。
小林さんはセレッソの監督として昨年はセレッソの守備組織を立て直してJ1に残留させ、そして今年はここまで3位と飛躍的な成長をみせております。もちろん外国人選手が当たりという事もありますが小林さんの守備を大事にする指導が大きく桜の花を咲かせているのでしょうね。

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