サンフレッチェ広島ユースの育成方針

2005年9月26日 22:19
先日に書いた広島ユース初代キャプテン川崎さんのお話からです。

川崎さんは長崎の出身。もちろん中学時代から頭角を現していたとの事で長崎の高校サッカーの雄であります国見高校から進学の誘いを受けたとのことです。
ちょうど同じ時期、1993年のJリーグの発足に伴って各チームにユースチームが作られます。川崎さんはサンフレッチェ広島ユースからも誘いを受けられました。

広島は発足当時からユースや若手年代の育成に力を入れる方向だったらしく、3億円をかけて寮(サンフレッチェにあやかって三矢寮という名前です)を建てられたとの事。「未来のために」という言葉一つで全寮制でユースを鍛えることとなりました。Jリーグバブルでトップチームに力を注ぎたい当時としては画期的だったんだと思います。

迷った挙句にプロチームに近い環境でプレーできるという事もあり、地元の国見高校の誘いを蹴ってサンフレッチェ広島ユースに入団されました。いまの広島ユースの子も同じですが、高校は県立吉田高校に通いながらのサッカー漬けの毎日だったそうです。

広島ユースの育成方針は当時の総監督である今西さんが、サッカーだけの人生になるのではなく、卒業してからも立派に社会としてやっていける人間に育てるという方針で教育されています。そのためにも基本はまずは挨拶から。挨拶ができない人間は、人間としてもうまくやっていけないし、当然人間として成長しない限りはサッカーも上手にならないということで厳しく指導されてました。寮に住んでいても洗濯は当然自分でやりますし、その洗濯物を干して乾いて、無駄に3時間以上経っても取り込まれなかっりしたら即座に捨てられたりといわば"ぐーたらな生活"は絶対に許されなかったとおっしゃりました。サッカーだけでなく心身ともに鍛えられたんですよね。

先日、Jユースカップで広島のユースの子が鳥栖に来ていましたが、帰りにみんな私達鳥栖サポータに対してもしっかりと挨拶してくれました。そういった教育方針があるからこそだったんですね。

サンフレッチェ広島は現在でも年に一度くらいは歴代のユース出身の子を招いて近況報告会のようなものが催されているようです。そういうの、いいですね。後々の面倒と言うか、気にかけてくれて誘ってくれるだけでもうれしいし、懐かしいし、楽しみなんだと思います。今年の近況報告の席では

川崎さん 「例の双子も『あ、どうも』って言って挨拶にきましたよ」

とおっしゃいました。多分森崎兄弟のことですね(笑)
さて、川崎さんのユース時代のサッカーについてはまた次回^^

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